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今年は、寒くなったこの時期にも自転車に乗りたいと言ってお店を訪れてくれる方が増えています。これまでは、寒くなるとめっきりみなさんの脚が遠のいていたような感じでしたが、ここ近年は、暑い寒い関係なく、「自転車に乗る」という事が定着したようです。これは、きっと自転車に乗るということが車に乗ったりする以上にその人の生活の一部となってきているんだろうなと思っております。昨今、地球環境の危機がそこらで叫ばれていますのが、なんとなく、飛行機や車のスピードではなく、自転車のスピードがこれからの私たちの生活にふさわしいような気がしてなりません。 |
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乗るのが楽しくて仕方がない。子供たちが自転車に乗っている姿である。意味もなくあっちへ行き、こっちへ行く。用事もないのに町内を一周し、まっすぐ走らずうねうねうねうね走っている。大人の私たちからすればなんと無駄ばかりだろうと思ってしまうが、その姿はとても輝いて見えるのも事実ではないだろうか。ついつい「おとな」の世界で生きると効率や効果というものを求められるが、あれだけ輝いて見える「おとな」は、最近めっきりお見かけせぬようになったのは気のせいだろうか。 |
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どうせ何にも成らないような時間を費やしているのなら、新たなユビキタスツールとして自転車にのろう!というのが今回の提案である。「自転車」というのは、今の時代ではどちらかというとあんまり便利ではなく、効率の悪い乗り物である。しかし、効率が悪いからこそ生み出すものもあるということを僕は長年付き合ってよく知ってるつもりだ。その解釈はこうだ。
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いまをいきる。
唐突ではあるが、先日、ふと、伝統について考えてみた。はたして伝統は、過去のものだろうか? というのも、ともだちの芸妓さんのことを思い出したからだ。ともだちいってもぼくよりずっと若く、二十歳そこそこなのだが、踊りや三味線などのお稽古ごとのことやその世界の上下関係やしきたりのことを聞くとぼくたち以上にたいへんで忙しい毎日を送っている。これらは、僕たちが、彼女たち「芸妓」や「舞妓」に持ってるイメージ、髪を結って、白塗りで、振り袖で、「おおきに」「ごめんやす」等の今では使わない京都のネイティブな話口調が自然に使えて‥‥、などなど京都の伝統的なものを保つためだ。彼女たちが相手をするお客さんもその「伝統」に触れるために会いに来てるのであって、それが無ければ、別にどっかのパブやクラブのホステスさんとこに行っても同じである。その「伝統」もかっこだけではない。その身振り手振り、立ち振る舞いの至るところから醸し出されなくてはいけない。そのために置屋でのおかみさんとの共同生活に始まる徹底した教育がなされるのである。かっこだけなら京都旅行に来た女の子がよく行く写真スタジオで「舞妓」に変身できるけど、変身した「舞妓」は、やっぱり「舞妓」ではない。(一時期、舞妓のかっこで街中を散策することがはやっていたけれども、あのだらだらした「舞妓」はどうもいただけないものだった。そういえば祇園のおかみが、そのことについてえらく怒っていた。あれは「舞妓」の品を下げるって。) このように、彼女たちは「伝統」の代表として、この京都に存在するわけである。しかし、彼女たちは、「いま」にいることを忘れてはいけない。「伝統」そのものが持っている性質が、もともと時間のズレから生じるもので、人びとは、「伝統」と「いま」のギャップを彼女たち「伝統」に求めるわけだけど、彼女たちは、「伝統」一辺倒ではいれない。なぜなら彼女たちは「いま」を生きているからだ。彼女たちは「いま」の友達と遊び、「いま」のお客さんの相手をする。友達とは、お芝居や謡(うたい)の話より、ファッションや遊びの話のほうが楽しいし、お座敷で俳句を興じあうより、「いま」のはなしをする方が盛り上がる。オフの日は、着物じゃなく服を着て、ショッピングもするし、音楽も邦楽だけでなく、ポップなものも聞く。i-Macでインターネットなんかもしてる。もちろんクラブで踊りまくる日だってある。こういったことがまたお客さんとの接点にもなっていく。 そういえば、知り合いの料亭のおかみさんも同じ様なことをいっていた。老舗としての看板を掲げてはいるが、それだけでは老舗としてやってはいけない、京料理を出すにしても、フランス料理もイタリア料理も知らなくてはいけないし、新しいお店ができればすぐに行ってみる。そういったことが現在を生きる「老舗」として必要なことだという。こうやって考えてみると、「伝統」にしても、「老舗」にしても、それが持っているイメージは、過去のものであるが、「いま」と常につながりをもってこそ、「伝統」「老舗」として現在のなかで生きていけるんだろう。かたくなに伝統や看板にこだわり、周りからの干渉を排除するのではまく、こういった柔軟なかたちでまわりとつながりを持ち、そこでいかに自分たちの存在を活かしていけるか、これがたぶん重要なんだ思う。 これは、今のぼくたちの環境にも近いものがあると思う。ぼくたちが、マウンテンバイクというものに関わってからもう10年ほどになると思うけど、その取り巻く環境は、常に変化していいった。コンピュータほどではないが、その変化の速度はとても早く、ついていくことばかり考えていると、自分を見失いそうになる。しかし、逆に自分というものにこだわりすぎて、その流れを無視してもいけないように思う。そしたら、どうしたらいいのか? こんなとき、芸妓の友人のことを思い出した。自分という存在をしっかり保ちながら、「いま」を生きる。核となるものを持ちつつも、まわりとは柔軟な関係でいる彼女たちは、ぼくの半分ぐらいしか生きてないのにすごい師匠のように思えてきたのだ。いま、ぼくのバイクづくりもこうありたいと思っている。 もう一度考えてみる。 はたして伝統は、過去のものだろうか? |
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たのしむ。
先日、あるお客さんに、「かたおかさん、やっぱりこだわってますねえ。」といわれた。 それにしてもいまは、実にいろいろなたのしみが増え、どんなことでも簡単にたのしみが手に入るようになったが、逆に自分でたのしみを見つけだす力が薄れてきたように思える。マウンテンバイクのたのしみ方も、どうも、単純化してしまっているような気がしてならない。 |
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「見た目」。
「見た目」というのは思っている以上に、良きにつけ悪きにつけひとに与える影響が大きいとぼくは思う。 でも、ものごとは「見た目」だけではないということも重要なことである。たとえば、むちゃむちゃかっこいい奴なのに、しゃべると幻滅したとか、宣伝ではむちゃむちゃおもしろそうな映画が実際に観たらぜんぜんつまらなかったなんてなことはけっこう身の回りでも体験することだ。なにごともふれてみて初めてものごとのほんとのところがわかるもんだ。先日も、女子大生と合コンをしたのだが、あれは、いい。別にへんなことを考えてるわけではないが、はじめは「見た目」でしか判断材料がなく、どんな会になっていくのかどきどきするが、和みだし、互いに互いの「中身」が解るようになるにつれ、だんだんと会は盛り上がっていく。ついさっきまではあかの他人だったのに終わった頃にはすっかりともだちになれる。新しい人間関係を作る上で、合コンはなんて素晴らしい行事なんだろうか。まさに人間相互理解の基本は合コンにありといったところか。
ぼくのつくるバイクも、もちろん「見た目」も「中身」も充実したバイクでありたいと思っている。 先日、パタゴニアなるアウトドアショップに、とあるきっかけでバイクをおいてもらうこととなったのだが、あまり広報活動に興味を示さないぼくがなぜ、パタゴニアにおいてもらうこととなったかというと、パタゴニアのものづくりも、「見た目」も「中身」も充実させるかたちで展開されてたからである。はたけは違うけれども、同じような思いでものづくりをしているところがあるとなんとなく嬉しいもんである。だから、ぼくは喜んでバイクを提供させてもらってる。
なにはともあれ、「見た目」と「中身」を充実させることは、たいへんだけど、今後もこのことを心にとめてバイクづくりに励んでいこうと思う。
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VIGOREというところ。
京都弁でと、このコーナーの依頼を受けたときは頼まれたのだが、京都弁というのはどうも文字にすると田舎臭くていけない。 さて、まずは最初ということで、少々宣伝っぽくなるがぼくとVIGOREというお店(もしくはブランド)について話してみようと思う。
もともと、家が代々自転車屋でぼくで3代目となるのだが、いま自分がやってること(フレームビルド)や店は親父のものを継いだわけでもなく、逆にそういったものを全て断ち切ったところにあると思う。たしかに、自転車に対する興味や関心、そして自転車に向き合う姿勢は小さい頃からの環境の影響は大きいであろうし、伝統の街京都にいて、その伝統を継いでいける立場にいながら、それを捨てるなんてもったいないかもしれない。でも、それを乗り越え、新しいものを作り出したかったし、そんな時、伝統はかえって足かせとなる。だからぼくは、自分の力で生きてゆくことを選んだ。 もちろん、VIGOREも生きてゆく為には稼がねばならない。これは仕方のないことではある。しかし、ものづくりにおいて稼ぐことが先行してしまってはいけないように思う。「人あってこそのもの」なのだから。 のっけから少々堅い内容となってしまったかも知れないが、まずVIGOREを語るにはこのことを抜きにしてはいけないと思ったので大雑把ではあるが書いてみた。
今、VIGOREにはいろんな人たちが集まって来てくれる。 まずは、粋な飲み屋でも紹介しましょう。 ようこそVIGOREへ。 |
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